2011年11月05日

ブログ変更のお知らせです

長年こちらのブログを続けてきましたが、
今年に入ってからは特にTwitterという発信手段をたくさん使うようになり、ブログの更新頻度がめっきり減ってしまいました…

Twitterの140文字という制約では書ききれないこともあるので、ブログは続けていこうと思っているのですが、こちらのブログだと投稿のしづらさ等色々な使いにくさや不便さをよく感じる今日このごろ。

てことで、新しいブログを作ってみました♪こちらです↓

News*Idea Clipping

Tumblr(タンブラー)というブログを使ってます。
他のTumblrユーザーの引用が容易に出来たり、投稿がとっても簡単に出来たりと色々便利&面白いです。
こちらに最近書いているものや、気になっている情報などを投稿していきたいと思っていますので、引き続きよろしくお願いします☆


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2011年09月30日

成長することは痛みを伴うこと

成長することは痛みを伴うこと、そんなことを教えてくれる素晴らしい小説に出会いました。ウェンデリン・V・ドラーネンというアメリカ人の作家が書いた"Flipped"という小説です。

この小説は、昨年末にamazon.comのサイト上をぶらぶらと面白そうな本はないかなぁ〜とネットサーフィンしていた時に目に留まった小説でした。安直な判断ではありますが、コメント数が多く(当時で300以上のコメントが付いていました)、評価も★4以上で高かったこと、さらっと読者の感想を読むと、ヤングアダルトの小説ながらも大人が絶賛するコメントが多く「主人公の前向きな姿に勇気づけられた!」というような内容が結構あったのでピンひらめきと私のアンテナにひっかかったわけです。ヤングアダルト小説なので読みやすそうだし、読んでみよっかなぁ〜ととりあえず「ほしい物リスト」に登録。

そして、約半年間…放置………… てへへ…あせあせ(飛び散る汗)

この本を読んでみようと決めたのは、今年の5月。
通っていた出版翻訳の学校で、リーディングレポートを書くという課題を出されたからです。
リーディングレポートとは、出版社がどの翻訳本を出版するかを決める際に参考にするレポートで、基本的に翻訳者または翻訳者の卵が出版社から依頼され、出版候補にあがっている原書を読み、内容や読んだ感想などをまとめるレポートです。このレポートを元に出版社はその本を日本で出版するかどうかを決めるというわけです。今回の課題は好きな洋書を一冊選んで、A4 4枚のレポートにまとめるというもの。

好きな洋書…ということで思い出したのが、半年前に見つけた"Flipped"。早速キンドルで購入して読み始めたところ、これがこれが面白くって作品の世界にどんどんのめりこんでいきました。以下が、レポートの導入部分でもあるのですが、小説の簡単な内容です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
題名:Flipped

―ブライスを一目見た瞬間、わたしはときめいた。彼の青く、美しい瞳にわたしの心臓は止まりそうだった!
―ジュリにはとにかくうんざりだ。突然、僕の生活に押し入ってきて、自分のやり方を押しつけようとする。僕のことは放っておいて欲しかった。


小学二年生の時に出会ってから、ずっとお互いに対して正反対の感情を抱いていたジュリとブライス。中学に入って、様々な事件や経験を通して、二人はそれまでとは別の姿をお互いの中に発見し、相手への見方が変化していく。
二人の物事や周囲の人に対する見方が変化していく過程を一緒に体験することで、成長することは痛みを伴うことであると同時に、周りの景色や身近な人々を再発見することであることを教えてくれるヤング・アダルト小説。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

とても面白くて、内容をレポートにまとめ始めたら、到底4枚には収まらないほど長ったらしいレポートになってしまったので、泣く泣く色んな箇所を削って削って削って、4枚に収めました。
そして、完成したレポートがこちらですので、よかったら読んで下さいませ。
【注意:ネタバレというか、物語の一部始終を書いていますので原書で作品世界をじっくり味わいたいという方はご注意を…!!】
⇒ Flippedリーディングレポート


ちなみにこの本の題名"Flipped"、どういう意味か分かるでしょうか?
"flip"には色んな意味が含まれているのですが、例えばこんな意味があります。

【1自動】
ひっくり返る、反転する
宙[とんぼ]返りする
〔バタバタと〕身をよじる
〔本などの〕ページをめくる
コインを投げる
素早く[サッと]動く
〈俗〉急に怒りだす、カッとする
〈俗〉〔素晴らしいものに〕興奮する、大喜びする
----by英辞郎

そう「ぐるっとまわる」感じなのです。
で、なんでこの本の題名が"Flipped"なのかを簡単に説明すると、主人公二人のお互いに対する気持ちや見方が「ぐるっとまわる」瞬間が何度かあるからなのです。良い意味でも、悪い意味でも……全てをひっくるめて著者は"Flipped"と表現したのです。
小説を読んだ後にはなんてうまい題名なんだ!と心底感動したわけなのですが、一方で「ん?これ日本語で出版するとしたらどんな題名にすべきなんだ?!」としばらくの間、悶々と悩み、悩み……ふらふら
で、いまだに結論が出てません。。。バッド(下向き矢印)

そんなわけなので、ぜひ洋書好きのみなさまは原書を読んで頂き、ぴったりくる日本語の題名を思いつかれた際にはぜひ教えてくださいませ〜ぴかぴか(新しい)

"Flipped"の面白さをたくさんの方と分かちあえますように……黒ハート
posted by youxi at 17:31| Comment(0) | 面白かった本&映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

「不法移民としての人生」on NYtimes

New York Timesに寄稿された、ピューリッツァー賞を受賞したこともある米国人ジャーナリストのホセ・アントニオ・ヴァルガス(JOSE ANTONIO VARGAS)氏による「不法移民としての人生(My Life as an Undocumented Immigrant)」という記事が注目を集めています。

私もこの記事のことをTwitter経由で知りましたが、実際に記事を読んでみて胸打たれました。今のところ和訳記事はないようなので残念ですが、こうした彼の人生、そして勇気を出して投稿された記事のことを多くの人に知ってもらえればと思います。

彼の寄稿文はこのように始まります。(要所のみ訳しています)

※誤訳などありましたらご指摘下さい......
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約20年前の8月のある日の朝、母は私を起こして、タクシーに押し込んだ。そして私に上着を渡した。「あっちは寒いかもしれないから」と言って。フィリピンの国際空港に到着し、面識のない男に会った。おじだと紹介された。その人は私の手を引いて、一緒に飛行機に乗った。1993年、私は12歳だった。

母は私にもっとよい暮らしをさせたがっていた。だから私を何千マイルも離れる祖父と祖母の元へと送った。サンフランシスコで暮らし始め、6年生に編入し、すぐに新しい家、家族、文化が好きになった。アメリカのスラングに慣れるのには時間がかかったけれど、言葉に対する情熱を見出した。今でもよく覚えているエピソードは友人が"What's up?"と私に聞いてきた時に"The sky."と答えて、周囲の子どもに笑われたことだ。8年生になった時には、自分では正確に発音のできない単語をたくさん記憶して、スペリング競争で優勝した。

16歳になったある日、運転免許を取得したいと思って、事務の担当者にグリーンカードを提出したところ、彼女はそれを裏返して、じっくりと観察し、そして私にそっと囁いた。「これは偽造よ。もうここに来てはだめよ」

混乱し、恐くなった私は急いで家に戻って、祖父に聞いた。「これは偽物なの?」祖父母はアメリカ市民に帰化していた。祖父は悲しい表情を顔に浮かべて、他の偽造書類と一緒にこのカードを購入したのだと私に告げた。「他人には絶対に見せてはいけないよ」と私に警告した。
この時に私は決心した。他の誰にも私がアメリカ人でないことを決して疑われないようにしなければと。そして自分に言い聞かせた。一生懸命働いて、成功を収めれば、市民権を得られるはずだ、と。

私は挑戦した。過去14年間。高校と大学を卒業し、ジャーナリストとしてのキャリアを築いた。表面的には良い生活を築いた。アメリカンドリームを体現した。
しかし、私は今でも不法移民であることに変わりはない。それは異なる種類の現実を生きていることを意味する。つまり、周囲の人々、身近な人にでさえも本当の自分をほとんどさらけ出すことができない現実。家族の写真を棚に飾るのではなく、靴の箱に入れておかなければならない現実。友人達から家族について質問されることがないように。いやいやながら、胸を痛めながらも、道理から外れている、不法だと分かっていることを行わなければならない現実。そして、21世紀版の「地下鉄道」の支援者―私の将来に関心を持ち、私のためにリスクを冒してくれる人々―に頼らなければならない現実を意味している。

現在、米国には1100万人の不法移民がいると言われている。私たちはあなたが想像するような人であるとは限らない。あなたの食べるいちごを摘んでいる人もいれば、あなたの子どもの面倒をみている人もいる。高校や大学にもいる。もしくはあなたが読むニュース記事を書いているかもしれない。私はこの地に育った。ここが私のホームだ。私は自分自身をアメリカ人だとみなしているし、アメリカを自分の国だと思っているが、私の国は私を国民の一人だとは思っていない。
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ヴァルガスさんは記事の後半、高校、大学生活、その後のキャリアのことを書いています。ジャーナリストになるという夢を抱いた彼は、大学在学中にワシントンポストでのインターンシップをするチャンスに恵まれ、大学卒業後もフルタイムでワシントンポストで働く機会を得ます。
彼はそこで記者として意欲的に仕事に取り組み、2008年にバージニア工科大学銃乱射事件を取材した記事ではチームの一員としてピューリッツァー賞を受賞します。

こうした華々しい成功の裏で、彼が階段を一段一段昇ろうとするたびに、不法移民であることがどれだけ障害になっていたかということは記事を読むとひしひしと伝わってきます。それでも努力し続けたのは上記のとおり「一生懸命働いて、成功を収めれば、市民権を得られるはず」と信じていたから。しかし、現実には成功を収めれば収めるほど、不法移民であることがばれてしまうのではないかという恐怖にさいなまれたと記事で打ち明けています。
ピューリッツァー賞を受賞した直後、電話をかけてきた彼の祖母が開口一番に言ったことは受賞を祝う言葉ではなく「誰かに見つかったら、どうするの?」でした。
彼は言葉を返すことができず、「電話を切った後、私は編集室の4階にあるトイレに駆け込んで、座って、ただ泣いた」と綴ります。

その後、キャリアアップのためにワシントンポストを離れて、ニューヨークに移り、ハフィングトンポストで働き始めてからも、意欲的に仕事に取り組み、『ニューヨーカー』にフェイスブック創始者のマーク・ザッカーバーグについての記事を投稿するなど、理想としていた仕事を成し遂げていきます。

しかし、常に不法移民であることの不安が頭をよぎり、成功を収めれば収めるほどに、恐怖感にさいなまれ、落ち込んでいったと言います。ほどなくして彼はハフィングトンポストも去ることを決意。表向きにはドキュメンタリーの宣伝をしたり、オンラインカルチャーについての本を書きたいと言って。しかし、本当の理由は、どんなに職業上の成功を収めても、自分自身の抱える問題が解決されたり、喪失感や疎外感が埋まることがないからだった、と語ります。週末の友人とのメキシコ旅行、自己負担のないスウェーデン旅行にさえも行けない理由をなんとか作りあげなければいけないこと。誰かと親密になって沢山の質問を投げかけられることを恐れて、長期的な交際をすることができないこと。全てにおいて、「誰かに見つかったら、どうするの?」というかつての祖母の台詞が頭をよぎった、と。

今年の初め、彼はワシントン州から2016年まで有効期限のある自動車免許を取得したそうです。これで今後5年間の身分証明書に苦労することはないと安堵すると同時に、それはまた彼にとっては尊敬する人々や自分を信頼してくれる組織に嘘をつく5年間、本当の自分から逃げ続ける5年間が再度始まることを意味することを悟ります。

「逃げるのはやめた。もう疲れ切った。こんな人生はもう送りたくない」
"I’m done running. I’m exhausted. I don’t want that life anymore."

そして、彼は一歩前進し、今まで行ったこと、記憶するかぎり自分の人生を打ち明けることを決めたそうです。過去の上司、雇用主に会って、欺いたことを詫び、今回の記事に書かれている人々からは記事に引用する許可を得たとのこと。友人や家族にも状況を話し、今後の選択肢についての法的な対応を模索しているそうです。

彼は記事の最後に12歳の時に別れてから18年間会っていない母親のことについて触れています。かつては自分をこうした状況に追い込んだ母親に怒りを感じていたこともあったそうですが、つい先頃、あの8月の朝の記憶を補うために、母親に電話したそうです。この記事を書くため、かつては記憶の隅に追いやったあの8月の朝について知るために。

その8月の朝について、母親は彼がスチュワーデスに会えること、飛行機に乗れることにわくわくしていたと言ったそうです。そして、周囲に溶け込めるようにと彼に忠告をしたと。「もし誰かにどうしてアメリカに来たのって聞かれたら、ディズニーランドに行くって答えるのよ」と。


原文はこちらです。
My Life as an Undocumented Immigrant

posted by youxi at 21:49| Comment(4) | 日々感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

東松島市ボランティア[後半編]―Tさんのご自宅にて―

バスの中でのお昼休憩を経て、午後は私たちの班は個人宅の片付けのお手伝いにいくことになった。

駅近くのTさん宅は、午前中の泥かきの場所よりも更に川に近いエリアにあるため、津波の被害が甚大だった。
周辺の住宅を見ると、石の塀は普通に破壊されているし、ちらっと垣間見える個人宅の1階は泥まみれで破壊されている家がほとんどだった。
そして、今回作業をするTさん宅は立派な木造建築の2階建ての家だった。

今回のボランティア作業の任務は、地盤沈下してしまった家の敷地内に、砂利を埋めていくという作業で、既にどこからか運ばれてきていた砂利が庭に二山積みあがっていた。
この砂利の山を崩し、ねこやバケツで家の敷地内の沈下した場所に敷き詰めていくというのが私たちボランティアに依頼された作業である。

Tさんの話では3月11日の地震で地盤沈下した家が、4月7日の余震で、更に地盤沈下が進んでしまったとのこと。 いつ家が傾いてしまうかと思うと気が気でないとのことだった。

地盤沈下だけではなく、Tさん宅は、地震があった日には津波によって川が氾濫し、ヘドロが1階まで押し寄せ、腿につかるぐらいまでの高さになったとのこと。
私たちが作業をした日は、既にヘドロは片付けられていた。

この日はボランティアは砂利の敷き詰めが主な任務だったが、私はまだまだ泥の汚れが残る1階を目にして、Tさんに「砂利以外に家の中の掃除とか、お手伝いできることありますか?」と聞いたところ、「あ〜、じゃあね、あの床の間が汚れちゃってるから、そこをちょっときれいにしれもらえると助かるわぁ」と言ってもらえたので、私はひとり1階に入って、床の間のお掃除を手伝うことにした。

1人暮らしのTさんは、ボランティアが大勢来てくれたことにほっと安心してくれた様子で、心にたまっていたものがつらつらと言葉になってでてきた。

「いやぁ、本当に助かるわぁ。もう最近はほんとにしんどかったから。今朝も朝から気持ち悪いし、もう最近眩暈がひどくて、ひどくてねぇ。食欲も全然ないのよ…」
「お医者さんとか近くに見てもらえるところはあるんですか?」
「うん、日赤が近くにあるしね。日赤は県外のお医者さんがたぁくさん来てくれてねぇ、ほんとぉに助かってるんだよぉ。」
「そっか、そっか…」

こんな感じで私とTさんは話しながら、お互いに拭き掃除を進めていた。

「もうさ、ここ数年はずぅーっと地震貧乏なの。7年前に北部地震があってから、毎年のように大きな地震があって、壊れて、直しての繰り返し。今回は津波でやられて、もうこの家もダメかと思ったけど、もう一度だけ頑張ろうと思ってね、大工さんに頼んで直してもらってんのよ。」

Tさんの家は本当に立派な造りの木造建築で、建築のことなどこれっぽちも知らない私でも、その細かくて繊細な職人技術が感じられる程見事な家なのだ。

私が掃除をしていた床の間も見事な木が使われているのが分かる。
「この床の間立派ですねぇ」とTさんに声をかけると
「うん、床の間はいい木を使ってもらったからね、そこはそのままにしているの」

私は細かい溝に詰まった泥を歯ブラシでかき出し、水で絞った雑巾でその立派な床の間を拭いていった。
水で吹くときれいでつやつやの床の間が顔を出す。
私はそれで嬉しくなるのだけど、他の部分も拭いている間に水で拭いた部分が乾くと、そこはまた砂で白くなっている。

「これ、何度拭いてもなかなかきれいにならないねぇ」と思わずTさんにぼやくと、
「うん、ヘドロだから仕方ないんだよ。何べん拭いても白くなっちゃうの」と言う。

なんだか悔しくて、私は何度か同じ場所を雑巾で拭いてみたけれど、何度吹いても乾くとやっぱり白さが消えなかった。

Tさんは人に囲まれて、饒舌になっていたけれど、出てくる言葉は津波で受けたショックやダメージを感じるものばかりで、私たちはただTさんの話を聞いてあげることしかできなかった。


Tさんは感謝の言葉をたくさん口にした。
県外からお医者さんがたくさん来てくれていること、ボランティアがたくさん来てくれて助かっていること、そして今回のボランティア作業も感謝してもしきれない、と。
今回津波で自宅がやられてしまったけど、もう一度大工さんに修理してもらって、なんとか頑張ってみる、と前向きに語った。

2時間強のボランティア作業を終える頃には、大人数で作業したかいがあって、砂利をかなり敷地内に敷き詰めることができた。
私が掃除していた床の間はやっぱり白かったけれど、最初の状態よりは幾分かましになった。

作業を終えて、奥の部屋にいたTさんに呼び掛けると、Tさんは人数分の紙コップに温かいコーヒーを入れて、それらをお盆に載せて、持ってきた。

「本当は普段、こういうのお断りしなきゃならないんだけど、こうしてわざわざ入れてもらったんじゃ、逆にお断りできないよ〜」とボランティアの1人が言い、私たちはありがたくコーヒーを頂くことにした。

温かいコーヒーを頂いて、Tさんの家を後にした。
「またね、今度来たときには寄ってくださいね。ここら辺、桜もきれいなのよ。ほんとに今日はありがとう」
Tさんはそう言って、私たちが角を曲がるまでずーっと見送ってくれた。


3.11からもうすぐ二ヶ月が経とうとしているけれど、Tさん宅を含めて未だに周辺の家はひどい被害を受けた跡を残していた。
今回はゴールデンウィークということで、多くのボランティアが支援にかけつけてくれたようだが、この先はどうなるのだろう。今回参加した土日でさえ、定員を割れていた状態なのに。
Tさんのように、支援を求めている方は山ほどいるに違いない。その中には1人世帯の高齢者も多いだろう。

Tさんは「ボランティアの人が来てくれて頑張ってくれるとね、私もがんばろうって思えるの。1人で家にいるとね、どこから手をつけていいのか分からないのよ」と言う。
私たちが帰った後、再びTさんは途方に暮れてしまっているのではないかと心配になる。
そもそも、今までの二ヶ月もの間、一体どのようにして身内を失った悲しみと闘いながら、目の前の壊れた家を前にして日々を過ごしていたのだろう。想像することすらできないし、なんでもっと早く来てあげれなかったんだろう、と悔しさが沸いてくる。

それでも私は東京に戻ってきてしまったし、またいつ現地に支援にいけるかも今のところ分からない。
確かなことはTさんのように支援や励ましを求めている人はたくさんいて、地域さこそあるだろうが、まだまだ支援する側の人数は足りないということだ。


今回のボランティアはたった1日だったけれど、これからの支援の仕方について多くのことを考えさせられた経験になりました。

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長文・乱筆ですが、最後まで読んで頂き、ありがとうございました!
posted by youxi at 23:47| Comment(2) | 日々感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東松島市ボランティア[前半編]―泥のかき出し作業―

東松島市にボランティアに行くことは当初予定していなかった。

今回のGW後半の東北ひとり旅は行く先を細かく決めることなく、出発した。最初は弘前、そして青森市へと移動し、その後は八戸へと向かった。

3日目、八戸にいた私は翌日の予定を考えあぐんでいた時、インターネット上で「7日・8日東松島市でボランティア募集」という情報を発見し、東松島市でボランティアをするという計画を現実的に考え始めた。

今回は東北の旅行といえど、当初は被災地ではなく逆に東北の美しい部分を楽しみたいと思う気持ちが強く、だから弘前では空に向かって咲き乱れる満開の桜を堪能し、望郷の思いを演劇「津軽」を見ながら感じ、ウミネコの繁殖地である八戸の蕪島では動物の生命力に触れた。一方で八戸などで震災による被害を目にしながら、被災地としての東北にも向き合わなければいけないんじゃないかという気分にもなってしまっていた。

そして、これから更に南下しようという時、向かう先で支援の手を必要としているんだったら、当然手伝うべきだろうと思い始めてた。

そんなわけで旅行4日目、八戸を昼に経ち、新幹線で二時間後には仙台に到着。

仙台駅近くのホテルにチェックインして荷物を置いた後、ボランティア情報コーナーがあるという仙台駅に再度向かった。
「助けあいジャパン」という団体が運営しているボランティア情報コーナーでは親切なスタッフの方に、ボランティアの募集状況を説明してもらった。
GW中は仙台にはものすごい数のボランティアが詰めかけているという情報を聞いていたので、どこも人が足りているかと思いきや、意外と「もうだいぶ県外の方は帰ってしまって、逆に土日は人が足りていないぐらいなんですよ」とのこと。なんと、人数が足りずに活動できなかったところもあるらしい。
私は東松島市のボランティア情報のことを尋ねると「ああ、これですね」とスタッフの方が募集情報のチラシを渡してくれた。
「明日は90名限定で仙台発着のバスが出てますよ。先着順ですが、まぁ大丈夫でしょう」とのこと。
そして「とにかく汚れるんで、汚れても良い格好をしてきてくださいね」と瓦礫撤去など片付け系の作業をする際の服装のポイントが書かれている紙も一緒に渡してくれた。
「その格好じゃぁ、できませんからね〜」と。
そんなこと言われなくても分かってます!と内心思いつつ「んじゃ、これから色々買い出しに行ってきます〜」と笑顔でその場を後にした。

そして仙台駅前のショッピングモールをうろついているとダイエー発見。
そこで、まるで小学生が履くようなシンプルな黒い長靴と、薄手のレインコート、ゴム手袋、首に巻く用のタオルを購入。
「現場は釘が落ちていることもあるから、できるだけ底の厚い長靴がいいですよ」とさきほどのスタッフに言われた言葉を思い出しつつも、他に頑丈そうな長靴もなく、ふにゃりとした頼りない長靴を買うしかなかった。そして厚手のゴム手袋も見つからず、キッチン仕事用の中厚手のピンクのゴム手袋。あとは家から持ってきた薄いマスク。うーん、頼りない格好だなぁと思いつつも、まぁこれで頑張るしかないなと腹をくくって、翌日を迎えた。

先着90名だったので、絶対にもれるまいと気合を入れて、40分も前に集合してみたものの、全然人はおらず…
ぼけっと待ちながら、出発時間を迎えた。
2台のバスが待つなか、1台目が2/3ほど埋まったところで、バスは出発。2台目のバスに何人ほど参加したかは分からないが、私のバスは30人ぐらいだった。20代〜50代ぐらいの男性が8割がたを占めていて、女性は2割程度だった。

1時間程バスに揺られて、到着したのはJR陸前赤井駅の近く。
駅近くがボランティアを運営するセンターの拠点となっているようだった。
30人は約10人ずつの3つの班に分けられ、それぞれが持ち場を持って作業をすることになった。

午前中、私の班がすることになったのは、道の側溝にたまったヘドロをかきだしていく作業だった。

私は東松島と聞いて、海のすぐそばで作業をするのかと思ったら、そうではなかった。
どうやら陸前赤井駅周辺は海からは3キロほど離れた場所にあるらしい。しかし、津波の際に近くを流れる定川が氾濫して、周辺の住宅は1階部分が壊滅状態になったり、塀が壊れるなど大きな被害にあっていた。JR仙石線の陸前赤井駅はいまも封鎖されたままだ。

ボランティアセンターのおじさんについていって、作業の拠点に移動すると、既に地元の方々が側溝にたまった泥のかき出し作業を既に進めていた。
土のう袋に入れられた大量の泥が塀の脇に固まって寄せられていた。
私の班は男性6人に私を含めて女性3人。専門学校生から50代の男性まで幅広い年代のメンバーだ。

男性たちは早速泥のかき出し作業をスタート。
そして私は地元のおじさんに「ちょっとこっち手伝って」と呼ばれて、ねこ車を渡された。
かき出した泥をいれた土のう袋をねこに載せて、一か所にまとめていくという作業。
一見楽そうに見えて、心の中でちょっと安心したものの、そんな楽なものでは全くなかった…。
とにかく、水分を吸った泥がいっぱいにつまった土のう袋が重いこと、重いこと…。
一つの土のう袋を持ちあげて、ねこに積むだけでも、私にとってはそれはそれは大変なしんどい作業だったのだ。
特に地元の慣れている方がつめる土のう袋はぱんぱんで、体中のパワーを集めて、持ち上げようとしないと、なかなか持ちあがるものではない。
それを2個か3個ねこに積んで、ほんの数メートル離れた収集場所までねこを押していくのだけれど、重さでねこのバランスをとるのさえ大変だった。
やっとこさ、収集場所に辿りついても、そこからまた土のう袋をうまく下におろすのも、なかなかコツがいる作業で、難しいのだ。

多分、慣れればなんてことない作業なのだろうけど、全てが初めての私はもうぜぇぜぇ息を切らしながら、メンバーの作業場と収集場所を行ったりきたりしていた。

10名弱のボランティアメンバーと数名の地元の方々。みんなで同時に泥かき作業をしていると、どんどん泥でいっぱいの土のう袋がたまっていく。
1人でやったら何日かかるか分からない。

あっという間に午前中の作業予定時間の2時間が過ぎ、午前の作業が終了。
私も含めて、メンバーはみんな全身泥だらけ。

短い時間だったが、大人数で作業した分、結構作業が進んだ感じだった。


⇒後半は 「東松島市ボランティア[後半編]―Tさんのご自宅にて―  
 続きもぜひ!るんるん
posted by youxi at 23:42| Comment(0) | 日々感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

[写真]ユニセフ行ってきました

昨日ユニセフに届けた本です↓ どれも読み応えがありそう♪
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かわいい「ちっちゃな図書館」のポスター。
ロゴなどの制作は電通社会貢献・環境推進部がサポートしていらっしゃるとのこと。
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夕方4時半ごろの様子。持ち込みに来ている方々がたくさんいらっしゃいました〜
対応して頂いたスタッフの方の笑顔がステキでした!
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対象年齢別に仕分けされていました♪
flickr5581198467

早くこどもたちに届いてほしい〜
この本たちによって、こどもたちの笑顔が生まれ、それがまた周囲の大人たちを元気づける、そんな「笑顔・感動の連鎖」が起きますように。。ぴかぴか(新しい)
posted by youxi at 12:04| 心惹かれたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月02日

[メモ]本日ユニセフに持ち込む本リスト

現在、ユニセフにて被災地の子供たちのために避難所に「ちっちゃな図書館」を作るプロジェクトをすすめています。
その名も、「ユニセフ ちっちゃな図書館」プロジェクト
詳細:http://bit.ly/ftnw0J

私も今日、友人と共に以下の本を持ち込みにいきます♪
一番下の「ファイヤーガール」以外はブックオフにて調達したもの。どれも内容が深くておもしろそう!本当は読んでから持ち込みたかったのですが、タイムリミットがやってきてしまいました…
今後、読む機会をつくれるといーなー…

尚、当初は絵本を受け付けていたのですが、現在絵本が集まりすぎているとのことで、一旦絵本の受付を停止しているとのことです(2011年4月2日8時時点、上記サイトで確認の情報)。
今回、同僚社員にお子様が読み終わった絵本を託して頂いたのですが…どーしよう〜?!せっかく持ってきてもらったのに… 絵本の受付が再開されることを期待!OR 別口で送付を考えますかな。

以下、今回持ち込む予定の本です本本本本

本ヨハネスブルクへの旅 [単行本]
ビヴァリー ナイドゥー (著), 橋本 礼奈 (イラスト), Beverley Naidoo (原著), もりうち すみこ (翻訳) http://amzn.to/gT7IfI

本エドウィナからの手紙 (ハートウォームブックス) [単行本]
スーザン ボナーズ (著), Susan Bonners (原著), もき かずこ (翻訳), ナカムラ ユキ
http://amzn.to/f0sqvP

本いっぱい泣くとのどがかわくよ [単行本]
アンケ クラーネンドンク (著), Anke Kranendonk (原著), 長山 さき (翻訳) http://amzn.to/gdFzo8

本宇宙への秘密の鍵 [単行本]
スティーヴン ホーキング (著), ルーシー ホーキング (著), さくま ゆみこ (翻訳) http://amzn.to/h4iYOY

本パパは専業主夫 (子どもの文学・青い海シリーズ) [単行本]
キルステン ボイエ (著), 平野 恵理子 (イラスト), Kirsten Boie (原著), 遠山 明子 (翻訳) http://amzn.to/e83goB

本星の王子さま―オリジナル版 [ハードカバー]
サン=テグジュペリ (著), Antoine de Saint‐Exup´ery (原著), 内藤 濯 (翻訳) http://amzn.to/gwakfj

本秘密の道をぬけて [単行本]
ロニー ショッター (著), 中村 悦子 (イラスト), Roni Schotter (原著), 千葉 茂樹 (翻訳) http://amzn.to/eqRGde

本ファイヤーガール [単行本]
トニー アボット (著), Tony Abbott (原著), 代田 亜香子 (翻訳) http://amzn.to/eDqy5f
posted by youxi at 08:30| 日々感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月21日

春が近づいている

最近、ネットにはりついてばかりで運動不足気味だったので、
冬眠中だった愛車の自転車ジャイ子ちゃんをひっぱり出して、サイクリングに行ってきました。

私のジャイ子ちゃん。↓ ※ジャイアント社製なので、ジャイ子なのです
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向かう先は市川のじゅん菜池緑地。江戸川沿いを気持ちよい風を受けながら走りました。
じゅん菜池緑地は梅がちょうど満開でした。
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池にはたくさんの鳥と亀たちも。

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ゆっくり池の周りをお散歩。
子供づれの家族からお年寄りまで同じように散歩を楽しんでいる人は結構いて、みなさん穏やかな表情をしてました。

自然は全てを破壊するほどの恐ろしい力ももっているけど、
同時に自然から与えられる癒しやパワーも大きかったってことを思い出しました。

梅の次は桜ですね。お花見も楽しみたいな。
新緑が美しくなるのももうすぐ。
春は確実に近づいています。
posted by youxi at 11:44| 日々感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

コミュニケーションを渇望したここ1週間

震災から既に1週間が経ちました。
度重なる余震、危機的な原発の事態、絶望的な数の死者と行方不明者。。
これでもかという程の悪いニュースが連続して伝えられました。

不安を掻き立てられ、悲観的になり、でもなんとか希望を見出したいともがいた1週間でした。

幸いなことに、ライフラインも確保されており、身近な人も危機的な状況にない私ですが、
ここ1週間は今までの人生の中で最もコミュニケーションを渇望した1週間になりました。

Twitter上ではどうしようもなくなって不安な気持ちを吐いてみたり、
一方で自分や周囲が元気になればと、明るいニュースや希望を見出せるような情報を探してはRTしたり。
他の方のRTやフォロアの方々からの優しいコメントに励まされたり。
今までほとんどつぶやいていなかった英語アカウントも発動させ、日本のために祈ってくれている方々とやりとりしたり。

誤情報も含めてTwitterにはかつてない程の膨大な情報が流れるなかで、Tweetを自粛気味の方もいたと思いますが、私にとってはTwitterのようなマスメディアに凌駕されていない、個々人が双方向でコミュニケーションとれるメディアはこの危機的状況の中で救いでした。
Twitterを通して、多くの方のつぶやきに希望を見出し、前向きになるパワーをもらいました。

実生活でも同じでした。
普段ほとんど話すことのなかった職場の清掃担当の方と言葉を交わし、お互いの状況を話したり、
レストランに行けば、被害状況についてレストランの方と話したり、
普段はそれほど話さない同僚とも声をかけあったり。

皮肉なことに、震災をきっかけに多くの方とのつながり、身近な人たちをより深く知ることができました。

震災以降、同じように人とのつながりをいつも以上に感じた人はたくさんいると思います。
そして、それこそが今後の復興に向けての「希望」なのだと思いました。

被災地の大変な状況を知るたびに、
もどかしい気持ちになりますが、試行錯誤しながら、自分にできることを探し、行動したいと思います。
posted by youxi at 16:51| これからも忘れずに! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月22日

Twitter初心者のわたしがここ1ヶ月で学んだこと

Tiwtterの人気が急騰してからしばらく経ちますが、そのブームがいまさらながら私の元へやってまいりました!ダッシュ(走り出すさま)
私はTwitterへの登録自体は結構前だったのですが(2009年10月)、つい最近までその面白さがあまり分からないまま、ほとんど活用せずにいました。一応ダイヤモンドのTwitter特集も購入したのですが・・・
しかし、ここ最近は以前と比べれると結構つぶやいていますし、積極的にRTなどもしています♪
つぶやきが増えるにしたがって、使い方を少しずつマスターしております。

というわけで、ここ1ヶ月強のTwitterを通した私の体験と学んだことをまとめてみました。


1.「つぶやきたい」というモチベーションがあがったきっかけ

まず私がTwitterをもっと使おうとモチベーションがあがったきっかけはある方が私のつぶやきをRTしてくれたことがきっかけでした。
ある方とは人権活動家であり弁護士であるHRWの土井香苗さんです。
私は1月に土井さんがお話をされたトークイベントにいたく感動して、感想をなんとしてでも土井さんに伝えたい!と思いました。そしてTwitterで検索したところ、土井さんを発見したので、早速フォローし、感謝と感想のつぶやきを送りました。
すると、土井さんが何時間後に「感謝!」という言葉とともにRTしてくれました。
たったそれだけとはいえ、私のつぶやきを読んでもらえたことがとってもうれしくて、しかもこうしてRTまでしてくれて・・・と一気にTwitterへのモチベーションがUPしました。グッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)

2つ目のきっかけは先月末から今月半ばまで続いたエジプトでの民主化デモがTwitterで盛り上がったときです。
個人ジャーナリストとして有名なモーリー・ロバートソンさんがTwitter上で熱心に情勢を伝えていることを知って、#egyjp を追うように。そのときはまだ傍観者でした。
そして、先日ブログ記事でも書いたモーリーさんのイベントでTwitterを活用している人々に出会い、ある方に「気軽に#egyjpをつければいいんだよ」と言われ「そうなのか〜」と一気に敷居が下がりました。
そこで出会ったエジプト舞踊家のREIKAさんともブログの記事の件でなんどかTwitter上でやりとりができたり、RTをして頂いたりと、ぐっとTwitter上のコミュニケーションが増していきました。私も積極的に色々な方々をフォローするようになり、そしてフォロー返ししてもらいました。

こうしたことがきっかけになりながら、それまではモノローグにすぎなかったつぶやきが、コミュニケーションへと変化していったのでした。

2.ツールといろいろな機能の活用

●ハッシュタグ
つい先月までハッシュタグ(#)の使い方もよく知らなかった私ですが、私のつぶやきを他の方が#をつけてRTしてくれたことをきっかけに、なるほどこういう使い方があるのかと開眼。
Twitterのクライアント上に#egyjp #iranjp など#ごとにタイムラインを作って、それぞれのトピックで流されるつぶやきを追っていきました。
つい先日イランでのデモが起きたときには英語メインのハッシュタグも追いました。日本の比にならないほどの数のつぶやきが流されていて、びっくり・・・がく〜(落胆した顔) 同時に、こうしてTwitterが中東で起きているデモで使われているのかと、よく分かりました。

●URL短縮化
私は自分のつぶやきにURLを貼り付けるとき、URLをそのまま貼り付けて、それだけで140字制限のつぶやきの1/3ぐらいが埋まってしまうことがあったのですが、他の方々のつぶやき上ではURLの表示がやたら短い……なじぇexclamation&question
不思議に思って調べてみたら、URLを短縮化できるサイトが色々とあることを発見。
私はいま http://bit.ly/ を使って、短縮したURLを貼り付けています。

●Twitterクライアント
多くの方が言及しているようにtwitterのサイトは機能がとっても限られていて使いにくい。
ということで、細かい設定ができるTwitterクライアントを使うことにしました。
色々と人気のあるクライアントの情報をネットで調べた結果、
最初は「Tween」というクライアントを使っていました。2週間ぐらいかな。
機能は多いのですが、設定が私にとっては細かすぎて設定しづらい点と複数のアカウントを管理できないことがネックで(実は私はもうひとつ英語でつぶやく用のTwitterアカウントを作っています。全然活用していないけどバッド(下向き矢印))、Hoot Suiteというウェブ上で動作するクライアントに乗り換え。
今のところ、使いごこちは最高です!!わーい(嬉しい顔)
#やリストごとにストリームも簡単に作れるし、つぶやきの表示も見やすい。そして複数アカウントが管理できるのはとても便利です。

●リスト管理
最後に最近はじめたことがリスト管理。
フォローする人が増えるとタイムラインは追いきれなくなります。
なので、この方のつぶやきはチェックしておきたいというものは別にリストを作って管理するようになりました。
私は今のところ3つのリストを作成しています。

1. 映画やアート、イベント情報のリスト (公開中) 
2.翻訳関連のリスト (公開中)
3.VIP(=つぶやきをチェックしたい方々)のリスト(非公開)

それぞれがHootSuiteの縦長のストリームに表示されるので、表示画面を切り替える必要もなく、一目でぱっとチェックができるのでとても便利です。


以上、ここ1ヶ月ほどで学んだことでした。Twitterを活用している方々にとっては全てがしょうもないほど「当たり前」のことばかりなのですが、一個人ユーザーの体験談&備忘録として書き残しておくことにしました。

そうそう、一番大きな発見は、まず「Twitter面白い!」と思うきっかけがあれば
どんどんフォローするアカウントも、フォロアーも増え、
便利な機能に敏感になっていくということです。


まだまだ初心者なので、これからも便利な、面白い使い方を模索しつつ、Twitterを楽しみたいと思います!
ラベル:twitter
posted by youxi at 18:48| ガジェット・WEB活用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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